辞めるのがやはり正解だったと会社勤め最後の日に確信した話

こんにちは。カトー(@hisayosky )です。

去る3月16日に現在勤めている会社で最後の仕事を終えました。あとは辞令交付と最後の挨拶を残すのみ。実質的に無職がスタートしました。パンパカパーン。

 

11年間も勤めたので最後の1日は「ああこれで最後かぁ」なんて感慨に浸るかと思っていましたが、

まったくそんなことなかったですね。

ふつうの金曜日でしたよ、ええ。

 

また挨拶にくるからかもしれませんが「おつかれさま」的な声をかけられることもほぼなく(2件だけあり)、ふつうにおつかれさまでしたと言って退勤してきました。

 

そんな会社勤め最後の1日に思ったことについて書いていきます。

結論としては「やっぱ辞めて正解だったな」です。

 

11年やって感慨がないならあと20年続けたら後悔だけが残っただろう

11年も続けた仕事なのに最後の日になっても「きちんとやろう」とか「これで終わっちゃうんだなあ」とかそんな感情はまったく沸き起こりませんでした。怖いくらいに名残惜しさゼロでした

高校は3年間、大学は4年間。たったそれだけの時間を過ごした学生時代でも「ああ終わっちゃうんだなあ」という気持ちになりました。ぼくはわりと感情が動かないほうですがそれでも感慨はありました。

それが11年も働いた会社では沸き起こらなかったのです。

 

原因はさだかではありませんがひとつではないでしょう。

会社におもしろくないことがいっぱいあったのは事実です。自分が仕事に全力を尽くせていなかったのもあります。

自分の力を認めてくれない会社に不満をもったこともありますがそれは逆恨みといいますか、わかる人がいなかっただけのことです。運の問題なので言ってもしかたありません。

 

もしこの会社であと20年働いていたらどうなっていただろうと思います。

未来のことはわかりませんので過去から推測するしかありませんが、この11年を見る限りこれからの20年ですごくいいことが起こるとは思えません。

この調子で20年働き続けたら最後の日にはやはりなんの感慨も沸かなかっただろうと思います

勤め上げた自分を認めつつも「この30年はなんだったんだろう」という気持ちは残ったでしょう。

そういうことになる前に希望が持てるタイミングで辞められたのは本当に運がよかったです。

 

はからずも会社のブランドに頼らない仕事はできるようになっていた

人並みの仕事しかしてこなかったぼくですが、いつのまにか会社のブランドに頼らなくても仕事ができるくらいのスキルは身に付いていたようです。

最後の1カ月で気が付きました。意外なことでした。

 

言語聴覚士の仕事には子どもの発達やしゃべり方を見るというのがあります。

ぼくの勤めていた病院は救急病院でしたが、地域の中核病院でもあったため少しだけ外来で子どもを見ていました。

 

ぼくが外来で子どもを見るときには基本的になにもしません。好き勝手させておきます。

けん子
きさま、それでも専門家かーーーーっ!!!

とお叱りを受けてもしかたありません。ごめんなさいというしかありません。

 

ぼくは小児の臨床能力が低いうえハートも強くなかったので積極的に子どもをひっぱっていくことができませんでした。

それでも小児の臨床をするためにやってきたのは「ぼくがなにもしなくても臨床になる工夫」でした。

それがいいと言ってくださる方がじつは何人かいたようで、退職をお伝えしたら「先生が行く病院に移りたい」と言われたりもしました(複数人です)。

 

お手紙をくださった方もいます。ちょっと引用させていただきます(お子さんの名前仮名です)。

言葉のお勉強を始めてから、コタロウは毎回毎回、行くことを楽しみに待ち、1度も「行きたくない」と言うことはありませんでした。これも、いつも穏やかで優しく、コタロウのマイペースさに合わせてくれていた加藤先生のおかげだと思います。

リトルカトー
・・・まじですか!!

 

ちなみにこのお子さんとはほとんどカードゲームをしていました。言葉の練習といえば、そうですね、かっぱえびせんくわえながらしゃべったことくらいですかね。

 

ご指名で仕事がくるようになったら一人前」と学生の時に聞いた覚えがあります。

ああそれが自分にも来るようになっていたんだなと辞めるときになってわかりました。11年間働いてきた意味も少しはあったのかなとちょっとだけ肯定的な気持ちになれました。

まあこれはお子さんとお母さんに感謝です。

 

自分のいいところを伸ばすには会社はよくないところが多すぎた

会社勤めにはいいところがあります(だいたいは金銭的なことです)。これは否定できません。

でも自分のいいところを伸ばすにはあまりいい環境ではありませんでした。

会社にいると「がんばらなくてもいいところで消耗する」のです。

 

ぼくが消耗したのは以下のことについてです。

  • 横暴な医師に振り回されること
  • 出なくてもいい会議に出なくてはいけなかったこと
  • やらなくてもよさそうな人にもリハビリしなくてはならなかったこと
  • 職場の人間関係
  • 人間関係がよくなかったとしてもそこから離れられなかったこと

 

ただそこにいるためだけに時間も体も心も消耗させなくてはならない。それがすべてではありませんが会社には確実にそういう面がありました。

 

消耗することに自分の資源を毎日つぎ込んでいいことってありますかね?

 

とどめの一撃。人事課ではぼくが突然辞めた迷惑ヤローになっていた

ああやっぱり辞めてよかったなと思ったとどめの出来事がありました。

出勤最終日に人事課へ退職の説明を受けに行ったときのことです。

 

事務職員
本当は「退職者説明会」がいままでに何回かありまして、そちらに出ていただきたかったんですけど・・・
カトー
事務職員
わたし、カトーさんの退職を知ったのが一昨日だったものですから…
カトー
えー!!!! 

ぼく去年の7月に上司に伝えて了解とってあったんですよ!

事務職員
えぇーーーーー!!!!
カトー
 なんじゃそりゃあぁああああ!!!

・・・二人で撃沈。

とまあ、こんなことがありました。

 

こちらの記事にも書いたとおり悩んだ挙句に退職の決断をしたのが昨年7月です。

「仕事辞めます」と言えるまで7ヶ月かかったぼくがやってよかったことを4つ紹介する

 

「7月中に意向を伝えてください」と言われていたのでお寺に修行に行ってまで真剣に考えました。

そうだ、京都いこう。修行初心者に宝泉寺をおすすめしたい10の理由

日蓮宗のお坊さんとマンツーマンで一泊二日の修行をしてきた

会社を辞めるかどうか決められなくて座禅会に参加しました

決断してすぐに上司に意向を伝え、少なくとも1週間以内には了承がとれていました。

 

あれはなんだったんだ。。。

って思っちゃいますよね。

そういう会社なら残らなくてよかったって思っちゃいますよね

事故かもしれませんが残念な事実が最後にわかってしまいました。

 

まとめ:やっぱり辞めてよかったんじゃない?

  • 最後の日に辞めたことを後悔しなかったら、その退職はとりあえず正解。

 

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