1度きりの人生、自分で舵を取ることにしました。カトーヒサヨシのプロフィール

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まさかの退職をきっかけに「自分の人生の舵は自分でにぎらなくてどうする」と気づき「かじとりズム」はじめました。コンセプトは「デキる無職になって人生を冗長化する」。会社員より圧倒的にデキる無職なるよコノヤロー。

こんにちは。「かじとりズム」を運営しています、カトーヒサヨシ(@hisayosky)です。

 

かじとりズムってなんやねん?

カトーって誰やねん?

 

と思っている方もきっと多いことでしょう。今日はそんな疑問にたっぷりお答えします。

本当にたっぷりあるのでそのつもりで読んでいただけると幸いです。

 

カトーヒサヨシのプチ情報

  • やせてます。173センチ、53キロ。
  • スターウォーズ、ガンダム世代です。
  • かつ丼が好きです。ロースかつ定食も好きです
  • 大江千里さんの音楽が身体にしみついてます。
  • カフェ大好きです。カフェで働いている人も好きです。
  • メガネかけてますが伊達です。
  • 2年間住んでいた関係でマレーシアが大好きです。
  • レストランではメニューがすぐ決まりません。

 

カトーヒサヨシのかんたんな経歴

1976年 愛知県生まれ。

両親、妹の4人家族。長男。

現在は長野県在住。独身。

 

小、中、高と地元の公立高校に通う。好きな科目は「図工」。

大学は福井県へ。「釣りが好き」という理由で海洋系の学科を選択。卒業研究は「海藻の光合成について」。

さらに宮城県の大学に3年次編入学。今度は文学部で日本語教育を学ぶ。

 

福井県の大学で卒論書いているときに読んだ「女たちのジハード」の影響で「英語の使える仕事をしよう」と思い立って日本語教育を選択。

とんだ見当違いであるとのちにわかる。

そのまま大学院に進学。

大学院在学中に休学して日本語の非常勤講師としてマレーシアへ。2年間現地の予備教育プログラムで日本語を教えてました。

 

帰国して大学院に復学。就職を考える時期になって「また海外へ行くか」「日本に残るか」選ぶことに。

けっきょく「海外に出たらもう日本に帰ってこられなくなるんじゃないか」という不安がまさり日本で働くことに決める。

しかし大学院生に吹く就職の風はあまりにきびしかった。

「働きたくないな」と思いつつ就職をずっと先送りにしてきたツケが一気に回って、手も足も出ない状態に追い込まれる。

 

友人の勧めでたまたま「言語聴覚士」という国家資格の職業を知る。

よくわからなかったが「言語関係だし、大学院行ったのもムダにならないか」と思い埼玉の専門学校を受験。無事合格。

2年後の就職活動ではあっけないほど就職先が決定。国家資格の威力を思い知る。

 

長野県の病院に就職。そこから11年勤め、2018年3月をもって退職。退職の原因は職場の人間関係でした。

そして現在。無職となり「会社に頼ることなく生きていく」を実践中。

 

もうちょっと詳しくカトーヒサヨシのこと。ぼくの半生は絵と文に助けられっぱなしでした

小中学生のときは「まあまあうまい」だった

小学校のころから絵はほめられるほうでした。でも突き抜けてうまいというほどではありませんでした。

 

中学校のときに課題で模写をしました。描いたのは葛飾北斎の「百物語お岩さん」。

授業だけでは間に合わず家でずっと描いていました。われながらびっくりするくらいの出来でした。

没頭して描いたらこんなにすごいものが描けるのかと知った体験でした

 

中学生でラジオ投稿デビュー。ネタでお菓子や賞金を獲得していた

中学生のころからラジオにネタを投稿するようになりました。当時一番熱心に投稿していたのは「さだまさしのセイ!ヤング」という番組でした。

「お笑いハーベスト大学」というネタコーナーで1度だけ最優秀賞を獲りました。

後日、スポンサーであるトーハト製菓のお菓子が段ボールいっぱい送られてきました。惜しむようにちょっとずつ何カ月もかけて食べました。

 

高校の時にはCBCラジオの「なぞかけコーナー」に熱中し投稿していました。

このコーナーは一席1万円、二席5千円、佳作でもテレホンカードがもらえるという信じられないくらいの太っ腹なコーナーでした。

1年で3万円くらいもらっていました。

高校生のときはアルバイトができなかったですしする気もなかったので、「なぞかけコーナー」は貴重な収入源でした。ある意味自分で稼いだ最初のお金だったかもしれません

 

マレーシア時代。はじめて仕事で絵と文が使えた

大学以降は絵も文もあまり書かなくなりました。

大学生になったら絵なんて描かないだろ?と思い込んでいました。進んだのは海洋系の学科でしたしね。

 

ところが日本語教師としてマレーシアに行ったとき絵と文がはじめて仕事で活きました

ぼくが勤務していたプログラムでは教科書の編集を毎年のように行っていました。教科書ですから文章が必要ですし挿絵が必要なページもあります。

絵と文を続けていたわけではありませんでしたが、現場で重宝してもらえるくらいのスキルは備わっていたようでした。

 

病院に勤めてなお絵と文のスキルは役に立った

病院に勤めて5年目くらいで自分の仕事に限界を感じるようになりました。

「どうしてもがんばれない」「なんとなく仕事しているな」と思いはじめたんですね。

 

院内向けに漫画を描いた

そのはけ口だったのかどうか、月に1回程度の頻度で院内に漫画を発行するようになりました。

当時ぼくは職場で「カイゼン」の担当だったので、職場のカイゼン活動を漫画にして発行したらおもしろいんじゃないかと思ったのです。

 

テレビ番組「大改造!! 劇的ビフォーアフター」でもわかるように、おもしろいのはビフォアとアフターの間です。

カイゼン活動のビフォアとアフターの間をわかりやすく発信するには漫画がいいだろうと考えたわけです。

 

好評でしたが職場の人間関係での消耗にともない2年で自然消滅となりました。

漫画を描くのってけっこうパワーが要ります。人間関係で消耗してたらとても描けません。

 

患者さん向けにイラストを描いた

言語聴覚士の仕事でも絵には本当に助けられました。

患者さんの言葉の訓練で使えましたし、体の状態は絵を描きながら説明するとわかりやすかったようです。

小児の訓練ではいっしょに絵を描くところからはじめれば、たいがいの子はすぐに慣れてくれました。電車好きの子は多いですから電車の絵もウケましたね。

ぼくは訓練があまりうまくはなかったので、足りないところを絵でカバーしていたかんじです。

 

退職するに至った2つの理由

ぼくが退職を決意したのには2つ理由があります。

「人間関係」と「仕事に対するモチベーション」の問題です。

 

無視から職場不信になった

ぼくは職場でとあるスタッフから無視を受けていました。無視の理由はいっさい答えてもらえませんでした。

ぼくは無視をやめてほしいと訴えましたが、上司の判断は「あなたのほうが余裕がありそうなので我慢してください」でした。これを契機に職場への不信感が生まれました。

 

無視をした人間はぼくになにかしらの不満があったのでしょうが、だからといって無視までされるいわれはありません。

無視に対して苦痛を訴えているにもかかわらず我慢をさせることで形を保つ職場なら、ぼくはこれ以上いたくないと思いました。

会社に勤めている以上、職場や会社のためにと思うことはあります。でもこれは範囲を超えていました。心身の消耗が大きすぎました。これがひとつめの理由です。

 

言語聴覚士という仕事に一生懸命になれなかった

もうひとつの理由は仕事に対するモチベーションがずっとあがっていなかったことです。

ぼくは専門職なのに言語聴覚士の勉強をするのがイヤでした。新人のころからずっとです。30分も本を読んでいられませんでした。

怠けているからだろうと思っていましたが、いまはそう思っていません。

 

ぼくは就職ありきで就職してしまったところがあります。大学の勉強をいかしつつなんとか就職するために言語聴覚士になりました。

まったくなにもせずに仕事はできるようになりません。自分なりに努力はしてきたつもりです。

人のお役に立てるいい仕事でしたが、がんばって能力を伸ばそうという気にはとうとうなれませんでした。

 

いつからか「どうせなら没頭できることをがんばった方がいいんじゃないか」と思うようになりました。

そんなときに人間関係のトラブルが発生し、いい加減しんどくなってきたのもあって辞めることにしたのです。


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でも、簡単に「辞める」とは言えませんでした

人間関係とモチベーションの問題でだんだん会社にいづらくなっていきましたが、会社にいることで安定した収入があるのも事実です。

経済的なことを考えると「辞めようかな」とは思っても「辞めます」とは言えませんでした

 

悩んだ結果、山梨と京都とお寺に1週間ほど修行に行くことにしました。物理的にも精神的にも日常から距離をおいて考えたほうがいいだろうと思ったのです。


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いつもとまったく違う環境に身を置いてわかったことが2つありました。

ひとつは、自分は表情がなくなるくらい会社で消耗していたこと。

もうひとつは、このまま会社に残ったら将来後悔するであろうことでした。

 

会社を辞めれば安定収入はなくなりますが、すぐにお金に困るわけではありません。1年は大丈夫なはずです。

会社に残ったら心身ともに消耗していきます。

スタッフの顔ぶれはいずれ変わるでしょうが職場への不信感が簡単にぬぐい切れるとは思えません。

仕事には依然没頭できていませんから、これからさらに10年続けたとしても著しい成長は期待できません。

 

このままだと本当にお金のためだけに会社に残ることになります

それでもいいのかと自分に問いかけたら、答えは明白にNOでした。

 

答えがはっきりと出たので帰ってすぐに「辞めます」と上司に伝えました。

それでも「辞めます」と口に出すのは勇気がいりました。決心がゆらぎそうだったので帰ってすぐに言わなくてはなりませんでした。


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転職せずに無職になろうと思った理由

「職場がイヤだったなら、職場をかえて言語聴覚士続ければいいじゃん」とよく言われます。

ふつうはそうするでしょう。収入も安定しますし一番簡単な方法です。

 

でもぼくは無職になることを選びました。

このままもう1度言語聴覚士になっても先細りだよな」と思ったからです。

 

リハビリの業界は転職すると待遇が悪くなることが多いです。少なくともぼくの知り合いでよくなった人はいません。

ぼくは現在41歳です。年齢が高くなればなるほど転職はむずかしくなってきます。

転職がうまくいったとしても待遇の低下はさけられないでしょう。医療介護業界は需要があるとはいえ景気がいいところではありません。

 

ぼくは11年言語聴覚士をやってきました。

11年も勤めていればそれなりに技術は身に付きます。でも病院を離れて個人になったら技術を使える場所がありません。

身に付けた技術をつかって生計を立てたいのならどこかに雇ってもらうしかないのです。

 

ぼくは辞めるときになってはじめて「技術を伸ばすだけでは生計を立てられないんだな」と気づきました

どんなに技術があっても売り方を知らなければお金にはならないということです。

 

ここでまた言語聴覚士としてどこかの病院で雇われたらいままでと同じです。

転職はこれからさらにむずかしくなっていきます。

技術の売り方を覚えなければ先細りでしかないのです。

 

だったらここで一度無職になって売り方を覚えようと考えました


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ぼくはずっと会社員でしか生きていく方法がないと思っていました。

これだけネットが発達して個人でいろんなことができるわけですから、そんなはずはありませんよね。

実際、会社員じゃなくても会社員以上に立派にやっている人はいます。

ただ、ぼくのまわりにいないだけです

 

会社は安定した収入を与えてくれますが、引き換えに圧倒的な時間を差し出さなければなりません。

もし会社にいなくても暮らせる方法があるのなら、会社で働きたくない人は大勢いると思います。

 

会社で働かなくても個人の力でやっていけることを証明するために、ぼくはいま無職になっています。

 

半生を振り返ってみて。後悔とこれから大事にしたいこと

ぼくは自分の気持ちを大切にしてきませんでした。

絵や文を真剣にやってこなかったこともそうです。

就職ありきで就職してしまったこともそうです。

 

もし自分の気持ちにふたをしていなければどうなっていただろうと思います。

 

ふたをした結果、自分の力を発揮しにくいところにどんどん自分を追い込んでいったように思います

 

だからこれからは自分の気持ちに正直でいようと思います。そして自分が得意なことをがんばってみようと思います。

 

なんて言ってますが、じつはなにが得意なのかまだよくわかりません。

絵と文はある程度かけますし没頭できる対象ですが圧倒的にすごいスキルではありません。

ものを売るスキルはこれからですね。

 

いまできるかどうかではなく、没頭できるところに得意なものがあるんだろうと思っています。

伸ばせそうなものを徹底的に伸ばすってもんでしょうね。

 

これからの目標

当メディア「かじとりズム」は自分の舵を自分で取るために立ち上げました。

「舵取り+ism(考え方)」で「かじとりズム」です。

 

どんな仕事をするにしても情報発信は必要でしょ?と思ってブログをはじめたのが2017年7月1日。

ブログ運営は少しわかってきましたが、まだまだ発展の余地ありありです。

 

今後「かじとりズム」は単体で仕事ができたり、経由して仕事が受注できたりするようなメディアに育てていきます。

そして2019年3月までに会社で働かなくてもやっていける目処をつける予定です。

 

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たいへんな長文、最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

今後ともよろしくおねがいいたします。

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